旅の始まりは、首都Windhoekで出会った20歳のブレンドンだった。
彼のコミュニケーション能力はもはや才能で、出会って数分で私たちの懐に易々と滑り込んできた。
小さなラッパーと話してる気分に陥りすっかり彼の虜になってしまった。
気候が心地よかったのもあり、スーパーへ行き、わけのわからない現地のスナックを買い込んで、道端に座り込んで一緒に食べた。
なんてことない話をしながら、スナックをただ咀嚼する。
その気負わない時間の重なりが、ナミビアという土地の温度を最初に教えてくれた。
翌日、長距離バスに乗り込み、北部を目指した。
小さなラッパー

途中、夜を明かすために降り立ったGrootfonteinの街外れ。
激しい雷雨の中、キャンプサイトに辿り着いたものの管理人は不在だった。
泥だらけでテントを張ろうとする私たちに、3匹の番犬がこれ以上ないほど吠え散らかす。
深夜1時、暗闇を切り裂いて車のライトがこちらを照らした。
現れたのは、若い女の子を連れてベロベロに酔っ払った陽気なオーナーだった。
雨の中、立ち話で日本から来たことを伝えると、その瞬間から私たちのあだ名は「ジャパン」になった。
「おいジャパン、俺の家に来い!」
そのまま彼の自宅へ招かれ、併設されたバーで目が合う度に乾杯と口にするオーナーと、夜通し酒を酌み交わした。
翌朝、「今日はどうするんだ?」と聞かれ、ヒンバ族に会いに行きたいと伝えると、彼は自らハンドルを握り、村まで連れて行ってくれた。
被害者

加害者

村で対峙したヒンバ族の女性たちは、圧倒的だった。
肌に塗り込まれた赤褐色の「Otjize(オチゼ)」は、単なる装飾ではなく、この過酷な土地を生き抜くための鎧である。
日差しや虫から身を守る工夫であり、同時に彼女たちの美を映す色でもある。
頭には「Erembe(エレンベ)」と呼ばれる羊皮の冠。
既婚の女性や出産経験のある女性に許された印で、編み込まれた髪飾りと合わせて身に着ける。
年齢や人生の段階は装いにも表れ、子ども、成人、既婚者で髪型やアクセサリーが変わる。
見れば、誰がどの段階にいるのかが自然と分かる仕組みだ。
また、水が極端に貴重なこの場所で、彼女たちは一生お風呂に入らない。
その代わりに香木を焚いた煙を身体に浴び、灰を使って汚れを落とす。
長い時間をかけて積み上げられたその知恵が、彼女たちの揺るがないスタイルとなり、誇りとなって全身から溢れ出している。
赤と冠

煙の儀式

村で体験した歓迎の舞に、楽器なんていらない。
ただ、硬い地面を叩く足音と、空気を震わせる手拍子。
その剥き出しのリズムに誘われるまま、私も輪に入り、ステップを踏んだ。
言葉は通じなくても、同じビートで土を蹴り上げている瞬間だけは、この異質な土地に少しだけ触れられた気がして、不思議な気分だった。
けれど、旅はいつだって綺麗なままじゃ終わらない。
歓迎の舞

混合の舞

車もない我々がサファリに個人で行くにはどうしたらいいかとオーナーに相談すると、彼はあちこちに電話をかけ、一人のドライバーを捕まえてくれた。
行きがけに、そのドライバーは当然のように往復分の支払いを求めてきた。
詐欺を疑う私に、男は吐き捨てるように言った。
「俺が逃げたらオーナーにチクればいい。だろ?」
あのオーナーの紹介ならと、私は彼を信じて金を渡した。それが、不条理な出来事への入り口だった。
Safari

サファリを堪能し、約束の時間に電話をかけると、受話器越しの声は一変していた。
「もっと金を払わなければ、迎えには行かない」
不毛な荒野で途方に暮れる僕たちはサファリでテント泊か、お金を追加で払うかの2択に迫られていた、そんな僕たちに声をかけてきたのは、たまたま居合わせた一人の私服警官だった。
彼は事情を聞くと、「貸してみろ」と私の携帯を奪い取り、電話越しの男に向かって猛烈な勢いで怒鳴り散らし始めた。
見ず知らずの外国人のために、彼は自分のことのように怒り、戦ってくれたのだ。
数時間後、砂埃を上げて現れたのは、苛立ちを隠そうともしないあの一台の車。
そこからの2時間は、とにかく必死だった。
警官に詰め寄られた怒りが冷めないまま、ドライバーはアクセルを底まで踏み込み、街灯ひとつない真っ暗な夜道を時速140キロで突き進む。
ハンドルを握る男のイライラした横顔と、窓の外を流れていく虚無のような闇。
ようやくTsumebの街に辿り着き、車を降りたとき、無音の夜気の中で、あの時速140キロの残像だけがいつまでも脳裏に焼き付いて離れなかった。(その後も波乱だったが、割愛)
そんな荒っぽい洗礼を受けたあと、私たちはSwakopmundへ移動した。
ストライプの起源

オアシス

荒野に響き渡る怒号

かつてのドイツ植民地時代の名残が色濃く残る、パステルカラーの建物が並ぶ奇妙に落ち着いた街。
そこでウェイロンに出会った。
日本出身だと伝えると、彼は食い気味に「アニメが好きだ」と言い、最近は『BLEACH』にハマっているという。
私も大好きだという話をすると、
「じゃあ今から俺の家で観ようぜ」
とそのまま彼の部屋に行くことになった。
ナミビアの乾いた風が吹き抜けるワンルームで、画面の中の死神の戦いをただ並んで眺める。
そんな、拍子抜けするほどの共通点のおかげで、ナミビアの同年代の日常を覗き見ることができた。
こればかりは『BLEACH』を教えてくれた兄に感謝するしかない。
Swakopmund

CMY

(BLE)×2 ACH

ナミビアで出会った人々は、誰もが一筋縄ではいかない多面的な輝きを放っていた。
正解も不正解もない、ただ圧倒的に「人間」が生きている。
この予測不能で底知れないほど人間臭いナミビアに、私はすっかり心を持っていかれてしまった。
Thank you, Namibia


