熊野古道、大辺路(おおへち)を歩いているとき、ふと足が止まる瞬間がある。
アスファルトから土へ、土から草へ。
歩くたびに変わる感触が、足の裏から神経を伝って頭の芯まで届く。
痛みが走る。
その痛みすら、今の自分がどこに立っているのかを教えるための信号のように感じる。
カミーノを歩いたときも思ったけれど、長距離を歩くというのは、自分という人間を剥き出しにする行為に近い。
文明の速度を捨て、自分の足の速度に合わせると、普段は無視していた小さな刺激に対して、自分というセンサーが驚くほど敏感に反応し始める。
水平線と平行線

OTTOTTO

「なぜ歩くのか」と聞かれても、答えはいつも曖昧になってしまう。
ただ、歩くことでしか触れられない手触りがあるということだけは分かっている。
僕は「記録すること」に執着している。
被写体と向き合うとき、僕は自分が一体何に反応しているのかを確かめている。
カメラ越しに見えるのは風景そのものではなく、その瞬間の自分の本音である。
何に心を動かされ、なぜ立ち止まったのか。
その証拠を写真という形で残すことは、自分という地図を描き続ける営みに似ている。
歩くことで得た刺激を、写真で固定する。
そうやって積み重ねた断片こそが、僕の輪郭を形作っていくのだと思う。
安居の侍

ローカルキャット

那智勝浦の放課後

旅の途中、鳥の囀りがよく聞こえる山道を歩いているときだった。
ふと空を見上げると、その先でロケットが打ち上がった。
串本の町から日本で初めて民間企業が打ち上げたロケットが、轟音とともに上空へと消えていった。
文明の最先端が、静かな古道を見下ろすように飛んでいく。
その光景を眺めながら、自分は一体どこから来て、どこへ行こうとしているのか、そんなことは考えなかった。
ただ、目の前のロケットが放つ白い煙と、山の静けさに響く轟音、ジンジンと感じる足の疲労と痛みが同時に体の中にあることが、とても不思議な気持ちにさせてくれた。
挑戦の痕跡

大辺路ではカミーノの旅とは、また違う発見があった。
今回は歩くほどに、母国である日本という土地の厚みのようなものに圧倒された。
当たり前すぎて見過ごしていた日本の豊かさを、自分の足で一歩ずつ掘り起こしていくような、そんな贅沢な時間だった。
テントを張れる場所を聞き探して彷徨っていたところ、その様子を見た僧侶が引き留め、お寺に泊めさせてくれた。
近所のおばあちゃんたちが女子会を開いている横を通れば、「あんた、食べな」と炊き込みご飯と天ぷらを差し出される。
彼らの親切には、どこか「旅人だから」という特別な距離感がある。
けれど、僕が日本語で挨拶を交わし、言葉を深く交わすと、その表情がふっと緩み、よりいっそうの親愛を向けてくれるのがわかる。
言葉という共通の土台があるからこそ、彼らは私を「通りすがりの者」ではなく、一人の人間として対等に受け入れてくれる。
そうして交わされる親切の深さに触れるたび、言葉というツールが持つ可能性と、そこから生まれる体温のようなものを感じることができた。
ほっとけない仏

禅禅こわくない部屋

なぜ歩くのか。
その曖昧だった問いの答えが、今なら少しだけ分かる。
歩くという行為は、自分というセンサーを通して、世界を観測する精密な作業だったのだと、改めて気付かされた。
美しい和歌山県



