緑のタンクと人々の暮らし – フィジー

フィジーの島々を巡る旅は、僕が持っていた豊かさの定義をゆっくりと、そして徹底的に分解していく作業だった。
ナヌヤライライ、ワヤセワ、そしてナビティ。
そこにあったのは、リゾートの顔ではなく、ただ淡々と濃密に流れる村の人々の「生」そのものだった。

島には、妙な所有欲がない。誰がどれだけ持っているかを競う物差しが、最初から折れているようだった。
持っているから分けるのではない。そこに一緒に座っているから、当たり前に分かち合う。
それは立派な哲学でも、義務教育で習った道徳でもない。ただそこに暮らしていれば、自然と肌に馴染んでいく空気のようなルールだった。

都会にいた頃の僕は、いつも次を追いかけていた。
けれど島では、誰かと世間話をすればそれが時間になり、木陰でぼんやり過ごせば一日が終わっていく。
効率を重んじていた僕にとって、最初はそれが空白に見えて不安だった。
けれど、その空白に身を委ねてみると、不思議と無駄を感じない。
時間は、切り刻んで使うものではなく、ただ共に流れるものだと、空の色が変わるのを眺めながら理解した。

風が通り抜ける村

波音と揺れ

島の子供たちは、驚くほど人懐っこく、そしてたくましかった。

放課後、彼らに手を引かれるまま、カニを捕りに沼地へと繰り出したときのことだ。
サンダルが吸い込まれるような深いぬかるみに、僕はあえなく足を取られた。
身動きが取れず、情けなくあたふたする大人の僕。
それを見た7歳くらいの女の子が、迷わず泥の中に踏み込み、小さな両手で僕の腕を掴んだ。
細い体で踏ん張り、顔を真っ赤にして、一生懸命に僕を救出しようとするその背中。
そこには、圧倒的な活力があった。

守られるべき存在だと思っていた子供に、逆に助けられている。
その小さな手の力強さと、何のためらいもない親切心に、僕はただ心から感心するしかなかった。

小さな顔、大きな光

ようやく泥から抜け出し、僕が泥まみれの無様な格好で立ち尽くすと、彼女たちは一瞬、静止した。
そして次の瞬間、まるでスイッチが入ったかのように、顔を見合わせてひっくり返るほどの大笑いを始めた。
さっきまでの頼もしさはどこへやら、くだらない僕の失敗を、彼女たちは全身で、呼吸を忘れるほどに笑い飛ばしている。
その姿は、紛れもなく子供そのものだった。

島を案内してくれるときに見せる、大人びた責任感と頼もしさ。
そして、泥にまみれて腹を抱えて笑い転げる、無邪気な無防備さ。
その両極端なエネルギーが、彼女たちの体の中で一切の矛盾なく共存している。

「あぁ、生きているな」

彼女たちの笑い声を聞きながら、僕はそう思った。
計算も、遠慮も、愛想笑いもない。
全力で誰かを助け、全力で今この瞬間を笑う。
その真っ直ぐな生命力に触れたとき、大人の僕がいつの間にか失くしてしまった生きることの根源的な楽しさを、強烈に突きつけられた気がした。

Bula Smiles

そして、ナビティ島の学校で立ち止まった、あの光景。
校庭の隅に置かれた、武骨な緑色のタンクだ。
側面には、見慣れた言葉が記されていた。

「From the People of Japan」

蛇口をひねれば気が済むまでに水が出る、そんな僕らの当たり前は、ここでは通用しない。
彼らの命を繋いでいるのは、このタンクに溜まった雨水だった。
それは単なる支援物資というモノを超えて、遠い日本から海を越えて届いた、誰かの祈りのようにも見えた。
この緑の塊が、ここでは確かに息づき、日常を支えている。

世界は、目に見えない無数の線で繋がっているのだと、その冷たいタンクの表面を撫でながら、僕は静かに理解した。

海を越えた贈り物

– From the People of Japan –

フィジーを離れて時間が経った今も、人の温かさや、子どもたちの笑い声が耳の奥に残っている。
結局、僕が持ち帰ったのは、大量の土産物でも、完璧な旅の知識でもない。
誰かと繋がっているという、ただそれだけの実感だ。
それさえあれば、人はどこにいても、案外幸せに生きていけるのかもしれない。

ナビティ島のあのタンクに記された、「From the People of Japan」という文字。
それを刻んだ誰かの思いを、僕は今、自分の日常の中でどう繋いでいけるだろうか。

あの島で見た真っ直ぐな笑顔に、いつか胸を張って答えられるように、僕は僕の場所で、もう少し泥臭く、正直に生きてみようと思う。

Vinaka vakalevu
– 感謝 –

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