平日の朝。
通勤する人の流れを横目に、僕らはシャッターの前に立った。
東京都墨田区、東向島。
大通りに面しながら、少し場違いなほど、存在を忘れられたガレージがそこにあった。
朝日が差し込む時間にシャッターを上げる。
薄暗さが消え、埃が光を帯びる。
コーヒーを流し込みながら準備が始まり、平日の朝に基地をつくる、その背徳感と自由さが心地よかった。
空っぽの可能性

しゅんすけ、やす、僕の、3人ではじめた空間づくり。
ガレージの中は空っぽだった。
だからこそ何にでも姿を変えることができた。
木材を切る電動ノコギリの音。
工具の匂い。
塗料で汚れた手。
誰かの「こうしたい」から、何かがひとつ形をもっていく。
YouTubeが先生で、失敗は予習よりずっと正確に教えてくれる。
実家の目の前ということもあって、父はよく顔を出しに来た。
昔から何でも作れる父の手は、見る人が見れば欲しくなる手だった。
けれど、ここは私たち3人だけで形にしたかったのもあり、父もそれに気づいていた。
一緒に煙草を吸うだけで、何も言わずに引き返していく。
大人になるとは、こういう距離の測り方を覚えることなのかもしれない。
タンクトップ会議

タンクトップ会議 part2

バーカウンターを組み上げた夜、僕らは急にマスターになった。
誰が一番、おしゃれなバーの空気を纏えるか。
作ったばかりのカウンターの前で、手元の缶コーヒーをカクテルのように見せながら、くだらない勝負に真剣だった。
片方の脚が折れてるソファも、裸電球の照明も、完成より雰囲気が重要だった。
夜通し作業して寝泊まりする際には、いつもみんな真剣になる。
ソファの取り合いはじゃんけんで、負ければ板の上。
それが暗黙のルール。
不便を楽しめた時期が、確かに存在していた。
大人の塗り絵

乾杯の下準備

祝・バーカウンター完成寿司パーティー

完成 = 開店

上階には老夫婦が住んでいた。
迷惑をかけているだろうと思い、差し入れのお菓子を渡しに行くと、
「気にしないで、楽しんでね」と笑った。
あの言葉のおかげで、夜のガレージは少し自由になった。
誰かの「今いるよ」の一言だけで、全員が自然と集まる。
カフェより落ち着けて、居酒屋より居心地がいい。
このガレージは、僕たちの生活の中心になっていた。
ここでは話題の範囲が無限だった。
仕事。
夢。
焦り。
恋。
家族。
未来。
それぞれの道筋を全部、この場所で必死に探し求めていた。
どんなに思い悩んでいても、ここにいるだけで救われる夜が確かにあった。
時間に追われる日々の中で、僕らだけの余白が静かに存在している、
都会の真ん中にぽっかりと空いた、ほとんど奇跡のような空間。
物語でいっぱいの灰皿

秘密基地

仲間と混沌

TEDカンファレンス創立者のリチャード・ソール・ワーマンの言葉を借りると、
人生の大半のことはうまくいかない。
ガレージにも同じことが起きた。
あらかじめガレージを契約する上で一つ条件があった。
内容は伏せるが、起こりはしないだろうと思っていたことが起きた。
そして、中を何もない状態に戻して返す必要があった。
その頃、僕は海外で暮らしていて、
空っぽになる最後の瞬間に立ち会うことはできなかった。
スマホの小さな画面越しに届く
「空になったガレージ」の写真。
つい数ヶ月前まで
笑い、作り、語り、眠った場所が
今はただの空白になっている。
それでも悲しさよりも、
不思議と誇らしさが勝っていた。
なぜか。
理由なんて、実はどうでもいい。
失ったのは形だけで、あの日々の手触りはまだここにある。
大人になってから作る秘密基地は、子どもの頃のそれと違って、少し先の人生まで支えてくれる。
完成品の価値なんて、大したことない。
大事なのは、誰と、どれだけの時間を費やしたか。
成功も失敗も挑戦した結果に過ぎず、執着する必要はない。
僕は成功よりも、その挑戦がもたらしてくれる「成長」に執着したい。
ガレージはもうないが、それは僕たちの人生に大きく変化を与えてくれた。
シャッターを上げる音はまだ響いている。
僕たちの手の中で、新しい秘密基地を待ちながら。
– The Blueprint –

