壊れたX-TRAILと壊れなかった旅

生活の足でもあり、旅の相棒でもある車が欲しかった。
オーストラリアで買った2005年の NISSAN X-TRAIL T30。
初めて自分で手にした車は、ただの移動手段じゃなく、自由の象徴のように思えた。

友人たちと海へ行き、焚き火を囲み、滝や川で遊び、ビーチに泊まった夜もあった。
車があるだけで、暮らしは一気に広がった。

やがて日本から親友が遊びに来て、ブリスベンからシドニーへ向かうロードトリップを決めた。
真っ直ぐ行けば高速で9時間。けれど僕らはあえて遠回りし、内陸のルートを選んだ。
牧場の真ん中を突っ切る道、どこまでも続く一本道、山を越え谷を抜けるドライブ。
本来9時間で行けるところを、15時間かけて進んだ。

相棒の休憩

節約のため、夜は車内に寝袋を敷いて眠る。

2人とも180センチを超える体を押し込むように横たわり、真冬の寒さに震えながら。
顔にハンカチをかけ、なんとか朝を待った夜もあった。
不便さの中に、不思議と楽しい時間が流れていた。

不便さと自由の間

トラブルが訪れたのは、そんな旅の途中だった。
X-TRAILのマフラーから突然、白い煙が上がった。
慌てて停めたのは、人通りの少ないドミノピザの前。

知り合いの整備士に電話すると「今日はもう動かすな」と言われた。
けれどピザ屋の駐車場で夜を明かすわけにはいかない。
暗い道を進み、近くのキャンプサイトにたどり着いた。

そこにはたまたまキャンピングカーを停めていた老夫婦がいた。
思い切って声をかけると、おじいさんは笑って「お前らラッキーだな、俺は整備士だよ」と言った。
信じられないような偶然だった。

さらに施設の暗証番号を教えてくれ、久しぶりに浴びたシャワーは温かいお湯だった。
体の芯までほぐれるようで、たったそれだけのことなのに、生き返るような気持ちになった。
小さな親切が、その夜を越える力になった。

翌朝、点検してもらうとオイルは乳白色に濁り、エンジンはもう限界を迎えていた。
未舗装の道や急な坂を長時間走り続けたこと、そして古い車だったことが重なり、ついに耐えられなくなったのだろう。

故障日和

どうすべきか迷った僕は、人生の先を歩んできた父親に電話をかけた。
愚痴をこぼすためではなく、「もし父親ならどうするか」を聞きたかった。

電話の向こうから返ってきたのは、まず笑い声だった。
「やっとそんな壁にぶち当たったか」
若い頃の父親もきっと同じようにトラブルに直面し、そのたびに乗り越えてきたのだろう。
その笑いには、妙な説得力があった。

少し間を置いて、父親はカタコトな日本語で言った。
「え、ここで帰るの? そんなわけないよね。お金を払ってでも旅を続けろ。お前ら二人で旅できる機会なんてそうそうないんだから」

その言葉で、肩にのしかかっていた重さが軽くなった。

「確かに、ここで帰るより、お金を払ってでも思い出を作った方がいい」
そう思い直し、僕らはレンタカーを借り、再び走り出した。

角度90の出会い

Byron Bay / 光と潮のあいだ

壊れたX-TRAILは、山あいの街アーミデールに残すことになった。
幸い、現地の整備士に買い取ってもらえることになり、ひとまず決着はついた。
別れのときは寂しさもあったが、その選択のおかげで自由に動けるようになり、島に移ったり、西のパースに住んだりすることもできた。

流れに身を委ねることは、不安でもあり、同時に新しい道をひらくきっかけでもあった。

短い間だったが、あの車と過ごした日々は今も鮮明に残っている。
払ったお金のことを考えても、あの思い出たちを「買った」と思えば安いものだ。

The Song of Behind the Scene
– The Trip / Still Corners –